めぐみの気まぐれガールズトーク

更新停止中。年内に消滅します。

そういや女装をやめた理由を書いたことなかったな。

今バリバリ女装していますし、10代のころは女装してステージで歌を歌ったりとやりたい放題でございます。

しかし実はキャリアの空白と申しますか20代、しばらくは女装をやめておりました。んで「女装をするハナシ」については散々こうやってブログのネタにしてきましたが、考えてみたら「女装をやめたハナシ」については一度も書いたことがなかったなあと。コレはコレで、レアな体験といえばレアな体験です。

ある意味、わかりやすいなりゆきかもしれませんね。10代の終わりから30代の頭にかけて、男性ホルモンがガッツリ出てる時期だけ女装してないってのは。

ひとつは、イヤになったのです。よく私は17歳教の信者なんて言ってますが、18歳を過ぎ肉体が男性としての完成形に向けて第二次性徴の最終段階を迎える。そのとき、オトコは、見る見るうちに女装が似合わなくなっていくのです。

「だ…ダメだ!こんなんじゃ、ダメだ!日に日に、オス味が増していく…ッ!(´・_・`)」

↓オス味をハートマークでごまかす人
f:id:shmegmeg:20180529215218j:plain:w290

私見ですが10代の女装は大半が単なる成長拒否が内なる動機だと思ってます。本当に女性性を抱えるが故にどうしても男性として生きられないという人は、意外とそう多くはないのではないでしょうか。自分を深く見極めもせず単なる成長拒否を拗らせた挙句うっかり適合手術なんかするとあとあと大変だったりします。

ま、それも人生ですけども。

ハナシが傍に逸れました。拒否しても拒否しても肉体は勝手に男性として成長し、それを客観的に見ることが苦痛でした。嗚呼、あの17歳のときの肩の美しい線はどこへ。

そんな私がその頃、ずっと読んでいたものがあります。西日本新聞で連載されていた、職業ニューハーフの方などを中心にした、性的マイノリティーへの取材記事です。

当時としては本当に画期的な内容でしたし、今考えてもかなり深いところまで追求した記事でした。この連載のひとつの到達点と思うのが、「女性になる、イコール、性から自由になること、なのか?」という疑問です。

男性性に縛られず、自由に生きたい。そう強く願っていたハズなのに、気がついたら、今度は「過剰に女性らしく振る舞う」という不自由さに囚われていた。いつのまにか「不自由な女性性」に、ハマりこんでいた。そんな、取材対象だった当時のニューハーフさんの姿に、それは本当にあなたの望んだ幸せですか?と問うたのです。

男性か女性か。という以前に「あなたはあなた」「私は私」なんでないかい?

これは衝撃だったし強い影響を受けましたね。男性的な女性、女性的な男性があっていい。状況によって男性的に振る舞っても女性的に振る舞ってもいい。どちらかに、自分から一方的に決めつけてしまわなくても良いのではないかい?

私は、まあ、とりあえず「女性的な男性」として普通に社会を生きてみよう、と決意したのです。ダメなら、そこで改めてその先を考えればいい。そうして人生を過ごしてきて、心と体の条件が整ったとき、私は、自然と女装を再開していました。そんな私が今、女装をするとき、心がけていることがあります。それは「A面の自分とB面の自分で、人格のブレがないこと」です。

確かにドレスコードと言いますか、女性の格好をしているときは、その格好に見合った言葉遣いや所作はします。が、それだけです。女装したらキャラが変わる、それも面白いですが、しかし普段の自分とあからさまにちがう自分を演じてしまうのも、不自然ではないですか。なにより、A面だろうがB面だろうが、人にやさしく、礼儀正しく。そして楽しい時間をみんなと過ごせるように。そういう、人としての原則に変りはないのです。

女装をやめても、私は私。女装をしても、私は私。

↓いいネ!と思ったら読者登録をお願いします。


ブログランキングに参加しています。この画像をクリックしていただけると大変助かります。
にほんブログ村 その他生活ブログ 雑学・豆知識へ
にほんブログ村

ツイッターもフォローよろしくです。アカウントの性質上鍵アカにしてる時もありますがご容赦。
平川めぐみさん( @shmegmeg )※

http://twitter.com/shmegmeg/

↓スターやブックマークも、もしいただけましたら大変うれしいです。